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1
覚醒したクロアの目に入ったのは、染みひとつ無い真っ白な天井だった。
後頭部と背中に感じる柔らかな感触。どうやら自分はベッドに寝かされているらしい。
起き上がり、周囲を見渡そうとするが、なぜか体が思うように動かない。辛うじて首だけは動かすことができそうだ。首を回し、自分の状態、置かれている状況を確かめる。大鐘堂騎士隊の若きエースと言われるだけに、どんな状況下でも冷静に対処できるよう日々の鍛錬は怠っていない。
体には、普段好んで着用している私服ではなく、見覚えのある制服、のようなものを身に着けている。眼鏡は外されているようだ。
周囲を見回すと、そこは天井だけでなく、窓を覆うカーテン、壁、机や棚、その全てが白1色の空間であった。微かに薬品のような匂いが感じられる。
(一体ここはどこなんだ?)
「ようやくお目覚めね。気分はどうかしら?」
突然の声。
今まで感じられなかった気配が、自分のすぐ傍らに現れる。
視線を向けると、真っ白な空間で唯一のイレギュラーがそこにあった。
黒と白のコントラスト。
白く透き通る肌は白すぎて生気が感じられず、眉の上でざっくりと乱雑に切られた前髪と、腰まで届く漆黒の長髪が肌の白さを更に際立たせている。
顔に視線を向けると、目が合った。どこか気だるげな目つきで、しかし口元には僅かに笑みを張り付かせて自分を見下ろす彼女は、
彼女は、ミュール。
自分が生涯のパートナーとして共に生きることを誓った女性であった。
どうして彼女がここに。
いやそれ以前に、どうしてこんなことになっているのだろう。
クロアはまだおぼろげな意識に活を入れ、自分の記憶をひっくり返す。
……確か、自宅の寝室で、最早日課となってしまったミュールとの就寝前の他愛無いお喋りをしていて、それで会話のネタも尽きて、一分ほど静寂があった後、唐突に、
『クロア、貴方私にダイブしなさい』
そうだ。ここはミュールの心象世界、コスモスフィアの中だ。
彼女に言われるがままダイブ屋へ行き、彼女の中に潜った直後にどうやら意識を失ったらしい。精神世界で意識を失うというのもおかしな話だが、これまで様々なシチュエーションで何度と無くそれを経験しているクロアは、特に違和感もなくその事実を受け入れていた。
それよりも納得がいかないのは今現在のこの状況だ。なぜ自分は身動きの取れない状態でベッドに寝かされているのだろう。ミュールが見慣れない格好をしているのも気になる。彼女の新しい脚本の設定なのだろうか。膝丈ほどある白い服だが、その下には何も着ていないように見える。合わせ目から伸びるしなやかな脚に思わず目を奪われるが、今はそれどころではない。
「一体何をするつもりだ?それに、その格好はなんなんだ?」
問われたミュールは、笑みを崩さず服の裾を両手で軽く摘む。
「裸ワイシャツ、略してハダワイよ。萌えるでしょう?」
「モエル?何が燃えるんだ?」
わけがわからないという表情で眉間に皺を寄せる。
ミュールは、相変わらず浪漫がわからない男ね、と露骨に呆れ顔でクロアを見下ろす。
「まぁいいわ。そんなことより、そろそろ効いて来るはずだけど」
再び笑みを浮かべると、寝ているクロアの下腹部に視線をやる。
瞬間、クロアの内部で急激に灼熱が弾けて全身を駆け巡った。駆け巡った熱は最終的に下腹部、具体的には性器の一点に到達し、みるみるうちに怒張がそそり立つ。
「服の上からでも丸わかりね。ふふ、なかなか立派なんじゃないかしら」
衣服越しとは言え、一切の遠慮なくいきり勃ったモノをまじまじと見られるのは耐え難いものがある。しかし、性器だけでなく全身が疼いて仕方ないため、彼女へ文句を言う余裕も無い。口を開いた途端に喘いでしまいそうだ。
「私の詩魔法で貴方の快楽神経をブーストさせたのよ。効果は見ての通り。今や貴方の身体は全身が性感帯と化しているわ。解除するには、貴方も予想が付いているとは思うけど、そこの立ち上がっているモノに溜まっている性欲の塊を放出する必要があるわ。ふふ、大変ね。困ったわね」
全く大変でも困ってもいない淡々とした口調に相変わらず笑顔を貼り付けつつ言う。クロアは背筋を凍りつかせながらも、これから起こる何かに期待している自分がいることに気付いた。
ミュールが何を考えているかはわからない。わからないが、とにかくこの体を何とかして欲しい。
他のことはどうでもいい。
不味い、魔法の効力が頭にまで及んできているようだ。
せっかく覚醒しかけた意識に、再び薄ぼんやりと膜がかかってくる。
判断力が低下する。
「つらいでしょう?苦しいでしょう?今から私が楽にしてあげるわ。ゆっくり、たっぷり、じっくりとね」
薄れ行く意識の中でクロアが最後に見たのは、近付いてくるミュールの笑顔、はだけるシャツ、中から現れた何もつけていないまっさらな肢体。
ああ、ハダカワイシャツってやっぱりこういうことか。
意識は再び闇に沈んだ。